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電子カルテにおける標準化を普及させる方策

2020.04.21

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筆者プロフィール
塚田 智 氏
亀田医療情報株式会社 取締役

診療放射線技師、情報処理システム監査技術者、診療情報管理士。
日本IBM勤務後、電子カルテメーカーを立ち上げ、医療ITの推進注力している。



みなさん、こんにちは、電子カルテ標準化コラムの3回目です。1回目では日本国内の、2回目では国際的な、電子カルテ標準化の必要性と現状をお話しました。日本国内でも国際的にも電子カルテの標準化が必要であり、それに合わせて様々な取り組みが行われていることを確認できたと思います。

今回のコラムでは、日本において電子カルテの標準化が進んでいないと言われる理由と、標準化を進めていくための方策を考えていきましょう。



日本は国際的な標準化に積極的


国際的な医療情報システムの標準化の開発に対して、日本はとても前向きに取り組んでいます。ISO/TC215においてはJISC(*1)・MEDIS・JAHISなどが役割分担してWGごとにメンバーを選任して、標準化の開発や更新に参加し、日本からも新しい標準化を提案しています。DICOMにおいてはJIRA(*2)が中心となってJAHISなど国内のさまざまな組織(*3)と協調して活動しています。HL7には日本HL7協会(*4)があり、IHEには日本IHE協会(*5)があり、GS1にはGS1 japan(*6)があります。


このように積極的に活動するのは、電子カルテを含む医療情報システムの普及のためには国際的に協調することが効率的であり、日本製品を海外で利用(輸出)するため、および海外製品を日本で利用(輸入)するためには、標準化することで市場参入を容易にしておく必要があるからです。



日本の電子カルテにおける標準化普及の現状


日本は、医療情報システムの国際的な標準化に積極的に取り組んでいるにも関わらず、国内では電子カルテの標準化が普及していないと言われています。実際に病院情報システムの導入で、電子カルテと調剤システムを接続しようとすると、接続仕様がメーカーごとにまちまちで統一されておらず、メーカーの変更やソフトウェアのバージョンアップに合わせて費用がかかります。また、地域連携システムと言われる、地域内の複数の病院から診療情報を集約してクリニックなどで参照できるシステムは、日本中に多数ありますが、それぞれのシステムで独自の方法でデータを収集しており、電子カルテシステムのメーカーからみると地域ごとに個別の対応が必要です。


1回目のコラムで紹介した、データ交換の標準化であるSS-MIX、処方データ交換規約、については、比較的普及していると思われますが、個別のシステムで独自に拡張している場合があります。マスターの標準化であるICD10対応標準病名マスター、レセプト電算処理マスターは、広く普及していますが、主な目的は診療報酬請求であるため利用範囲が狭くなっています。DICOMは十分に普及しており独自の拡張も少ないようです。HL7は検体検査の依頼や結果の連携に使われていますが、その他の分野ではあまり普及していません。


電子カルテにはオーダーだけでも処方・検体・画像・生理・リハビリなど10種類近くのデータ種があります。さらに医師のカルテ記事や看護の記録や各種の検査報告などがあることを考えると、実際に標準化されている領域は狭いと言えます。また、厚生労働省が決めている「厚生労働省標準規格」にある一覧と実際に利用されている標準化を比較しても、標準化はまだ普及しているとは言えません。



日本で標準化が普及しない理由


では、日本で標準化が普及しない理由は何でしょうか。私は、標準化の目的が不明確なために、価値が理解されず、さらにインセンティブもなかった、ためだと考えます。


アメリカの例を見ると、患者さん自身が診療情報を入手できる(PHR)と、地域の病院間で診療情報を共有できる(EHR)を実現するという目標を明確にし、そのために国が2兆円とも言われる予算をつけたことが、標準化普及の原動力になったようです。ここで日本と異なるのは、病院内ではなく患者さん向けや病院間という、病院外で使うシステムを目的にしたことです。さらに2兆円という巨額の投資で短期間のうちに実現するという計画も日本では考えられません。


日本の場合は、比較的早い時期に電子カルテが病院情報システムの中核として発展したため、病院内の業務フローの最適化が目的となりました。この目的のためには標準化するよりも個別化したほうが優位な場合があります。特に導入が早かった大病院については個別化の優位性が高かったでしょう。さらに国からの補助金も比較的少額で標準化の要件がない事業に充てられたため標準化が進みませんでした。


医療体制としても、日本では最近でこそ地域医療計画といって、医療機関が各々の特性を活かし地域で連携して一体的に医療を提供しようとしていますが、以前は病院ごとに「増患対策」を行い患者さんの取り合いをしており、院内の診療情報を別の医療機関に提供するなど考えられませんでした。また、カルテはだれのものか、カルテ記事の著作権は医師にあるか、といった議論にもはっきりした答えが出ず、患者さんへのカルテ開示も消極的であったという経緯があります。


日本の医療情報の分野で標準化が普及しているのは、診療報酬請求に関連する標準化です。具体的にはレセプト電算のマスターやオンライン請求の仕組みです。これらは診療報酬を正しく算定するという目的が明確で、これに対応すれば紙による処理が減るなどの価値が分かりやすく、導入当初は補助金や診療報酬上のインセンティブもあったため普及したものと思います。ただし、これだけ条件が揃っていても、ほとんどの医療機関に普及するまでには、当初「レインボープラン」と言っていた時期を含めると25年近くの年月が必要でした。やはり既存の仕組みを変更していくのは大変な努力が必要になるのです。同じ診療報酬でもDPC/PDPSは、新しい請求制度であり当初から電子化・標準化を前提に制度設計され、順調に普及しました。ただし残念なことに、レセ電算もDPC/PDPSも日本独自の診療報酬制度であり、これらの標準化が国際的に発展することは望めません。



標準化を普及させるためには何をすべきか


日本の電子カルテにおける標準化を普及するためには何をすべきでしょうか。それは、普及しない理由の裏返しで、標準化の目的を明確にし、価値を理解し、インセンティブを与えることだと思います。加えて、これから発展させたい新しい業務領域で実施することです。例えば、以下のようなことが考えられます。


・PHRを実現する、その基盤としてEHRを整備する

・地域医療計画を実現するためにEHRで情報共有する

・5年以内に実現できるように計画を立て、必要な予算を用意する

・すでにある国際的な標準化を積極的に利用する


すでに運用されている院内情報システムとしての電子カルテに、いまから標準化を持ち込んでも効果は薄いと思います。標準マスターの採用など徐々に適用範囲を広げていくことは必要はありますが、全体的に何かを作り直す必要はないでしょう。病院内は独自仕様でも病院外向けには標準化されている、という形態です。


最近の取り組みとしてNeXEHRSコンソーシアム(https://nexehrs-cpc.jp/)があります。NeXEHRSではHL7 FHIRを中心にすでにある標準化を積極的に活用してPHRを作り、患者さんや医療者が使えるように計画しています。だたし、実施のための費用は不明確です。2019年度から国は電子カルテを整備する費用補助として「医療情報化支援基金」のうち半分の300億円を「標準的電子カルテ」の整備に充てる、としています。これまでの厚生労働省の予算からしたら多額ですが、アメリカの2兆円とは比較になりません。この程度の予算では大きな結果を残せないのではないかと危惧します。また、「標準的電子カルテ」というものが何なのか未だに明確になっておらず迷走している感があります。この国の施策については、全日本病院協会が「医療 IT の今後に関する提言~ 特に相互運用性に関して ~」(https://www.ajha.or.jp/voice/pdf/190829_3.pdf)を発表し、今後の方向性を確認するよう提言しています。今後の進捗に注目しましょう。



最後に、標準化の普及は目的でなく手段ですが、グローバルな市場においては標準化なくしては効率の良い開発はできず、標準化に対応しないままでは、いずれ日本の医療IT業界が国際的な競争力を失ってしまいます。さらに、質が高いと言われる日本の医療も、その実態は、高齢化に対応できず健康保険の財政は逼迫し、診療報酬が抑制されることで病院の経営は不安定な状態が続いています。医療技術が高度化するなかで、従来の制度のまま医療従事者の努力に頼り医療提供体制を何とか維持しています。このような時期にこそITのチカラで医療制度改革を推進することで、日本の医療と医療ITの次の時代を展望できるようになると思います。




*1 日本産業標準調査会 https://www.jisc.go.jp/index.html

*2 一般社団法人 日本画像医療システム工業会 http://www.jira-net.or.jp/index.html

*3 http://www.jira-net.or.jp/dicom/dicom_link.html

*4 http://www.hl7.jp/index.html

*5 https://www.ihe-j.org/

*6 一般社団法人 流通システム開発センター https://www.dsri.jp/




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