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電子カルテにおける国際的な標準化の必要性と現状

2020.02.27

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筆者プロフィール
塚田 智 氏
亀田医療情報株式会社 取締役

診療放射線技師、情報処理システム監査技術者、診療情報管理士。
日本IBM勤務後、電子カルテメーカーを立ち上げ、医療ITの推進注力している。


前回のコラムでは、日本国内を中心に標準化の必要性と現状を俯瞰しました。今回は世界に目を向けて、国際的な標準化の必要性と現状を俯瞰したいと思います。前回のコラムで書いたように、日本国内における電子カルテの標準化はそれほど進んでいるとは言えません。今回のコラムでは、国際的な標準化の必要性と意義とは何か、国際的な標準化と関連組織にはどのようなものがあるか、などを確認していきましょう。




国際的な標準化の必要性と意義


日本国内における標準化の必要性は前回のコラムに書いたとおりですが、国際的な標準化の必要性は、それらを含んだ上でさらに別の視点からも考えられます。医療の技術はグローバル、医療のサービス提供はローカル、と言われます。医学知識、診断治療の方法、薬品、医療機器などは国際的に共通して利用できますが、それらを患者さんに提供するための、費用負担の方法、サービスへのアクセス、病院の組織、業務フローなどは国や地域など比較的小さな単位で個別性がある、という意味です。

医療情報システムは、ローカルなサービス提供に合わせて最適化され、国や地域で個別性の高いシステムが開発されてきました。ところが最近では、以下のような変化や要望によってサービス提供もローカルからグローバルに変わりつつあります。


・商品の寸法を標準化することで、梱包材や付属品は別メーカーのものを組み合わせても使えるようになる。

・電子商取引の通信手順とデータ形式を標準化することで、多数の会社(その会社にある情報システム)と取引できる。

・統一された商品番号を特定の形式のバーコードで商品に表示しておくことで、在庫管理や売上登録が簡単になる。


それぞれの標準化の目的や効果はさまざまですが、いずれにも共通することは、高品質の製品やサービスを効率よく提供することだといえます。

電子カルテにおける標準化は以下のような効果を期待されていると思います。


・患者さんなどの医療サービスの利用者が地域を越えて移動する

・病院などのサービス提供者が広い地域で医療を提供する

・治験や医学研究が国際的な規模で実施される


このような変化や要望に対応するためには、グローバルで使える電子カルテが必要になります。従来はローカルで最適化していた電子カルテを急に統一したシステムに変えることは非効率かつ困難なため、ローカルにある電子カルテ同士を接続してデータを共有することが多くなりました。データを共有するためにはデータを定義し交換方法を共通にする必要があり、国際的な標準化の必要性と意義が高まっています。



国際的な標準化と関連組織


ISO/TC215:

国際標準化機構(International Organization for Standardization:ISO)は多様な産業分野の国際的な標準規格を作成する組織です。品質マネジメントのISO9000シリーズ、環境マネジメントのISO14000シリーズなどは知名度が高く、みなさんもご存知と思います。ISOは分野ごとの技術委員会(Technical committee)に分かれて標準規格を作成しており、215番目の技術委員会であるISO/TC215が医療情報分野の標準規格を作成しています。ISO/TC215はさらに作業部会のようなものに分かれており、例えばWG(Working Group)は以下のように担当領域を分けています。


・ISO/TC215 WG1 : Architecture, Frameworks and Models

・ISO/TC215 WG2 : Systems and Device Interoperability

・ISO/TC215 WG3 : Semantic content

・ISO/TC215 WG4 : Security, Safety and Privacy

・ISO/TC215 WG6 : Pharmacy and medicines business


ISO/TC215では、これまでに約200弱の標準類を発行しており、現在も約50強の標準類の作成と更新が進行中です。半年に1回の国際会議を開くなど活発に活動しています。


なお、国際電気標準会議( International Electrotechnical Commission : IEC)が医用電気機器の標準規格をIEC/TC62で作成されており、ISO/TC215とはJWG(Joint Working Group)という形で連携し統一した標準規格を作成しています。


HL7:

Health Level Seven:HL7 は、医療情報システム間の情報交換のための国際標準を作成し、普及推進することを目的にアメリカで設立された組織です。電子カルテ同士、電子カルテと部門システム間の情報交換のための通信手順やデータ形式を標準化しています。オーストラリアや日本など世界の30か国以上に支部があり活発に活動しています。

30年以上の長い活動期間でさまざまなバージョンの規格がありますが、現時点ではHL7 V2.XシリーズとV3に含まれるCDA(Clinical Document Architecture)が普及しています。最近は新しい規格であるHL7 FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)の開発が進み一部で実運用が始まっています。


IHE:

Integrating the Healthcare Enterprise:IHEは、医療情報システムの相互接続性を推進する組織で、現在20ヶ国以上で活動しています。IHEは標準規格を開発するのではなく、業務フローを整理して定義し、それを実現するための標準規格の使い方のガイドラインを策定しています。定義された運用フローは「統合プロファイル」、ガイドラインは「テクニカルワークフレーム」と呼ばれます。統合プロファイルは循環器、内視鏡、眼科、ITインフラ、病理、薬局、放射線など12領域で定義され、施設内の接続に限らず、施設間や地域連携のための接続も含んでいます。

統合プロファイルにある業務範囲であり、テクニカルワークフレームに適合したシステムであれば相互接続できることになります。IHEでは相互接続性を確認するために「コネクタソン」と呼ばれる試験を実施しています。コネクタソンは北米・ヨーロッパ・韓国・日本で開催され約800社が参加しています。コネクタソンで確認された相互接続の一覧がIHEのWEBサイトに公開されています。


その他にも多くの標準化の組織があります。注目される組織をいくつか挙げておきましょう。


DSC:

DICOM Standard Committee:DSCは、National Electrical Manufacturers Association : NEMAの下部組織であり、前回のコラムに書いた医用画像関連であるDICOMの規格を作成しています。DICOMはすでに広く普及していますが、現在も活発に活動しており30以上の作業部会があり標準規格には毎年数回の改定が行われています。


GS1:

国際的な流通システムの標準規格を作成する組織です。その規格には医薬品や医療器材のコード化やその取引手順が含まれており、医療分野の流通システムにも重要な規格となっています。


WHO:

世界保健機関(World Health Organization : WHO)は国連の専門機関で、医療関係のさまざまな分野で活動しています。電子カルテの標準化という視点では病名分類のICDがよく知られています。また、最近では健康管理や介護福祉の分野のシステム化の広がりからICF(International Classification of Functioning, Disability and Health : 国際生活機能分類)も注目されています。


SNOMED international:

医療用語の標準化であるSNOMED CT(Systematized Nomenclature of Medicine Clinical Terms)を作成しています。現在は40以上の国が参加し、5000以上の団体にライセンスを提供しています。



国際標準への取り組み方


電子カルテに関連する国際的な標準化は日々激しく動いています。従来は国単位の組織が集まってお互いの利益を最大にするために協調して作業していましたが、今後は会社のような組織が自社の利益のために主導権を取っていくことでしょう。これは技術の進歩が早いために長い調整期間を待っていられなかったり、権威より技術が優先され技術で先行する参加者の意見が強くなったりするためです。IT業界におけるHTMLの規格を作成しているW3Cの活動や、OSSのようにコミュニティを中心にしたソフトウェア開発のようなスタイルが、国際的に電子カルテの開発とその標準化にも影響してくることと思います。


最近はHL7 FHIRの開発が注目されています。HL7 FHIRの最大の特徴は、最新の技術を基盤にして参加各社がスピード感を持って開発していることです。このようなスタイルの標準化が、最新のIT技術を活かして変化の激しい医療情報システムに即時性をもって対応できるのではないかと期待されているのだと思います。情報システムの開発がウォーターフォールからアジャイルに変わっているように標準化の方法も変化しているのです。


いくつかの巨大IT企業は個人の行動データを収集し分析することで情報価値を高め利益を上げてきました。次なる個人データとして医療データは各社が注目しているところです。医療データの標準化に先行することは今後の医療データ収集の主導権を握ることになります。主導権を得るために巨大IT企業が医療情報の標準化に取り組むことで、少数の企業が先行し標準化を急速に推進する可能性があります。急速な推進には特定の企業が個人の医療データを独占してしまうような危険性も含まれています。日本で医療情報システムの開発に携わる私たちは、国際的な標準化の動きを見守り受け入れるだけでなく、ISOやHL7などの標準化の作成過程に積極的に参加し発言していかなくてはならないと思います。


さて、次回のコラムでは、このような国際的は動向に対して日本はどのように取り組んでいるか確認しようと思います。

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