筆者プロフィール
塚田 智 氏
亀田医療情報株式会社 取締役
診療放射線技師、情報処理システム監査技術者、診療情報管理士。
日本IBM勤務後、電子カルテメーカーを立ち上げ、医療ITの推進注力している。
一般的な工業製品や情報システムでは、高品質の製品やサービスを効率よく提供するために標準化の取り組みが行われています。私たちが関係する医療情報システムの分野でもたくさんの取り組みがあります。しかし、現在の日本の医療情報の標準化は医療現場から期待されるほどの成果を出せていないのが実状だと思います。このコラムでは電子カルテに関連する標準化の現状と課題を考える端緒として、電子カルテにおける標準化の必要性と日本の現状を俯瞰します。
標準化の必要性
ひとことに標準化と言っても、人によって受け取り方はそれぞれでしょう。実際にさまざまな種類の標準化が存在し、その範囲とレベルもまちまちです。よくあるイメージとしては、以下のようなものでしょう。
・商品の寸法を標準化することで、梱包材や付属品は別メーカーのものを組み合わせても使えるようになる。
・電子商取引の通信手順とデータ形式を標準化することで、多数の会社(その会社にある情報システム)と取引できる。
・統一された商品番号を特定の形式のバーコードで商品に表示しておくことで、在庫管理や売上登録が簡単になる。
それぞれの標準化の目的や効果はさまざまですが、いずれにも共通することは、高品質の製品やサービスを効率よく提供することだといえます。
電子カルテにおける標準化は以下のような効果を期待されていると思います。
・電子カルテで扱うデータには標準的なコードやマスターを利用し、システムの導入や移行が容易になること。
・電子カルテに入力したデータが簡単に連携できるように、データ形式や通信手順を決めること。連携先は、院内の部門システムや、関連病院の電子カルテ、地域医療連携システム、個人健康管理システムなど広範囲であること。
・連携されるデータには標準化された薬品や検査のコードが使用され、連携先でもデータを活用できること。さらに、多数のシステムからデータを収集して分析できること。
電子カルテの標準化のタイプ
電子カルテにおける標準化にはいくつかのタイプがあります。ここでは、データ形式・業務フロー・コードとマスターの標準化に分類して説明します。
データ形式の標準化:
電子カルテ同士、または電子カルテと部門システムとのデータ交換を容易にするため、それらの間でやり取りされるデータ形式を標準化します。これらの標準化に準拠した製品同士なら個別の開発なしに連携して動作できます。あるいは、標準化された製品を組み込むことが容易になり一体化した製品として販売することもできます。
実際にデータ交換するためには、通信手順も標準化する必要がありますが、これは医療分野に限ったことではありませんので、広く一般的に標準化された既存のものを使います。
業務フローの標準化:
たとえば診療予約を取得するためには、予約枠の一覧を取得する、予約枠ごとの日付を取得する、新しく予約を取得する、すでにある予約を取り消す、などの業務フローがあります。これを標準化して各システムで実現することで、該当する業務を外部から操作できるようになります。
データ形式の標準化と合わせて、複雑な業務を複数のシステムで連携して実施するために、想定される業務フローを網羅する目的で標準化されることがあります。業務フローの標準化は、外部から見た電子カルテの機能の標準化といっても良いでしょう。
コードとマスターの標準化:
データ形式の標準化に含まれる薬品コードや検査コードを標準化することで、薬品や検査を正確に特定して連携できるようになります。コードを標準化しておかないと連携の途中でコード変換などの処理が必要になり、その対応が不十分だと誤った薬品や検査として扱ってしまう危険性があります。
標準化されたコードを扱うことでデータの信頼性が向上し、データ分析などの二次利用もできるようになります。
電子カルテで使われている標準化
日本の電子カルテで現在使われている標準化のうち、代表的なものを例示します。
SS-MIX:
日本医療情報学会が仕様を作成し、SS-MIX普及推進コンソーシアムが普及を推進しています。電子カルテのデータを抽出してファイル出力することで、地域医療連携システムに利用される事例が多数あります。HL7を基本にしたデータ形式でファイルを出力するという日本独自の仕様ですが、作成されたデータは扱い易く多くの地域で利用されています。地域ごとの要望からカストマイズされることも多く、厳密な標準化よりも実用性を優先して利用する傾向にあるようです。
国立病院機構ではグループ病院からSS-MIXで診療データを収集し分析することで新しい知見を得る取り組みをしています。
ICD10対応標準病名マスター:
医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)が作成する病名マスターです。病名は診療の基本といえるほど重要なものですが、その重要性ゆえになかなか共通理解が得られず標準化が進みませんでした。世界保健機構(WHO)が作成している病名マスターであるICDを使うのが簡単に思えますが、ICDは死亡統計用に開発された病名コードである、構造が若干複雑で正確なコーディングにはある程度の知識と経験が必要になる、などの扱い難さがあります。これらを解決するため、日本の診療報酬請求のための病名一覧のレベルでICDコードを対応させたのがこのマスターです。比較的扱い安く診療報酬請求にも利用できることから、電子カルテに標準的に利用されています。
処方データ交換規約:
保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)が策定する処方オーダーのデータ形式の標準化です。HL7を基本にして別の組織で作成された薬品や用法のマスターを組み込むことで、実用性の高い標準化になっています。主に電子カルテと調剤システムを接続するために利用されています。
レセプト電算処理マスター:
厚生労働省が管理するマスターで診療報酬請求を目的にしています。社会保険診療報酬支払基金が作成する電子点数表と合わせて、医事システムでは必須のマスターになっています。診療報酬計算のルールを組み込んだ基本マスターや、薬品・材料など多くのマスターで構成されています。電子カルテのために開発されたものではありませんが、電子カルテに入力した診療行為を医事システムに連携して効率的に診療報酬計算をするために、電子カルテでも薬品・処置・材料などで同一のコードを利用することが多くなっています。
DICOM:
米国放射線学会(ACR)と米国電機工業会(NEMA)が作成する医療画像のデータ形式と通信手順の標準化です。1980年代にCTの発展とともに開発されましたが、当時の技術ではなかなか普及しませんでした。それでも粘り強く標準化を進め、2000年頃からPACS・MR・CRの普及とともに必要性が高まり、実用的な標準化として対応するメーカーが増えていきました。現在ではほとんどの画像機器や画像関連の情報システムが対応しており、高い接続性を保証しています。医療情報の分野で最も成功している標準化と言っても良いでしょう。電子カルテで入力された画像検査オーダーを画像部門システムへの連携するときに一般的に利用されています。
標準化を推進する団体
日本において電子カルテに関連する標準化を推進する団体には以下のようなものがあります。
MEDIS-DC:
https://www.medis.or.jp/4_hyojyun/medis-master/
医薬品HOTコードマスター、ICD10対応標準病名マスター、手術・処置マスターなどを作成しています。WEBサイトの一覧にあるとおり、多数のコードやマスターを標準化する役割を担っています。
JAHIS:
https://www.jahis.jp/standard/contents_type=33
処方データ交換規約、臨床検査データ交換規約、健康診断結果報告書規格などを作成しています。JAHISは医療情報システムのメーカーが集まった組織ですので、JAHIS独自で標準化を作成するのではなく、MEDIS-DCや各種学会が作成したマスターとHL7などのデータ形式の標準化を組み合わせて、実際に利用するための標準化を作成しています。
HELICS協議会:
http://helics.umin.ac.jp/helicsStdList.html
MEDIS-DCやJAHISなどの組織が作成した標準化のうち、医療現場に適用することが望ましい標準化を評価審査し「HELICS標準化指針」として認定しています。
厚生労働省:
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/index.html
保健医療分野において必要な標準化を「厚生労働標準規格」として認定し、普及することを目的にしています。実際には「HELICS標準化指針」とほぼ同じものを認定しています。国が認めた標準化であることで医療機関も安心して利用することができます。
今回のコラムでは、電子カルテにおける標準化の日本の現状を俯瞰しました。全体としては、国や各種組織とメーカーも含めて標準化に取り組んでいるものの、なかなか成果が出ないという現状です。今後のコラムでは、世界の標準化の状況を確認し、日本の標準化の阻害要因とその解決方法を考えていきたいと思います。