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ポスト電子カルテ -医療データの流通と利活用に向けて-

2020.10.28

大阪大学医学系研究科 医療情報学 教授

松村泰志氏



 新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、2020年9月25日のJBCC 医療セミナーはオンラインでの開催となりました。大阪大学医学系研究科医療情報学教授の松村泰志氏を講師にお招きし、「ポスト電子カルテ -医療データの流通と利活用に向けて-」と題して、阪大病院のシステム化に向けたこれまでの歩みと、未来の医療情報プラットフォームに向けた、最新の取り組みについてお話しいただきました。



 阪大病院(大阪大学医学部附属病院)は1993 年に現在の吹田市に移転しました。このときにインテリジェントホスピタルというニックネームをつけて、コンピュータシステムを導入し、職員が一体となって一人の患者さんの医療にあたるというコンセプトが打ち出されました。
 プロジェクトをリードしたのが、医学情報学初代教授の井上通敏先生です。医療情報学が目指すものは、「医療を見えるようにすること」「医療を評価すること」、そして「医療を支援すること」だと同氏は指摘しました。



チーム医療の実現に向けて
電子カルテの導入が不可欠


 1993 年当時、阪大病院にはまだ病院情報システムが導入されていませんでした。ただ、コンピュータがなかったわけではありません。医事課にはレセプトコンピュータがあり、臨床検査部にも自動分析装置を制御するための大型コンピュータが導入されていました。しかし、診察室には端末はなく、情報の伝達は紙ベースでしたそのため、医者が紙に書いた情報を、医事課と臨床検査部それぞれがデータ入力するという重複作業が生じていました。

こうした運用は非効率だということで登場したのが「オーダエントリーシステム」です。医者が直接コンピュータにオーダを入力することで、検査部や医事課は入力がなくなり、情報を取り込むだけで済むようになりました。

 
 次に取り組んだのは、画像のデジタル化です。従来のフィルムは管理が大変でコストも高い。これをデジタルで管理すべきだという考えは昔からあったのですが、いろいろな問題がありました。1 つは、メーカーによって画像出力フォーマットが異なり、それを見るためのビューワーもバラバラだったことです。統一的なフォームがないと運用はうまくいかないということで、医用画像の標準規格が整備されていきました。


 もう1つ改善されたのがディスプレイです。CRT ディスプレイから液晶ディスプレイになり、明るくて、クリアになりました。これらによりPACS(医療用画像管理システム)が導入されたことで、シャウカステンを使わなくても、診察室や各病棟、手術室、カンファレンスなどでも手軽に画像を閲覧できるようになりました。


 最後に取り組んだのがカルテです。1 人の患者さんに多職種の医者が関わるチーム医療を意識し始めてから、電子化のニーズを強く感じるようになりました。患者さんのことを知ろうとすればカルテを見ないといけません。紙カルテは1 つしかありませんから、誰かが見ていると、他の誰かは見られません。これを解決するにはやはり電子カルテしかありません。


 電子カルテがあれば、病棟に行かなくても診療情報がわかります。医療スタッフはすべての患者情報を共有し、必要な時にすぐにアクセスできるほか、情報を更新しながら電子カルテ上でコミュニケーションすることも可能です。


 阪大病院のような大きな病院になると、基幹の電子カルテだけで済まず、いろいろな専門性のあるシステムが必要になり、複数のベンダーと取引することになります。ただ、電子カルテを導入する際に、診療データが"人質"になるような、ベンダーロックは避けたいと考え、ドキュメントとしてカルテを管理するDACS(診療記録文書統合管理システム)を企業と共同で開発し導入しました。


 もう1 つ工夫したのが電子カルテへの入力です。フリーテキストで記録すると、その後、臨床研究に利用することが難しくなります。そこで、構造化データとして入力するためのテンプレートの開発に取り組みました。テンプレートの主眼は、コンピュータ処理が可能な形でデータを収集することです。


 我々は数多くのテンプレートを使っていますが、私自身、大学教授以外にもベンチャー企業を興し、テンプレートの開発、改良に取り組んでいます。最近は、タブレット端末を活用した問診システムの開発も手がけました。



ポスト電子カルテとして注目のPHR
阪大病院で独自に実証実験も


 2010 年以降、阪大病院は完全システム化運用にシフトしましたが、1 病院の中で電子カルテ化が進んだからといって、情報共有の目的は達成できたのかというと決してそうではありません。

 例えば、がん患者さんの場合、診療所でがんが疑われ、近くの病院で画像検査します。すると食道がんが映っていたので、大学病院で手術してもらいますが、その後、自宅近くの病院に通院し化学療法を受ける......。こういった具合で1 人の患者さんに対して、複数の医療機関がバトンタッチ式に連携してやっているというのが今の医療の姿です。


 糖尿病についても同様です。一度発症すると生涯の付き合いが必要ですから、転勤や転居などによって複数の医療機関にかかることになります。これにより、診療記録は分断され、初期のころの記録は廃棄されていきます。70歳になって糖尿病性腎症を発症しても、最初にインシュリン導入に至った経緯を知りたくても今の医療ではそれができません。


 世界中がこうした課題に気づいて、医療機関を超えて診療記録を共有するEHR(Electronic Health Record)の体制整備が進められています。日本では、各医療機関の電子カルテをウェブサーバを介して外部から閲覧できるようにした地域医療連携システムが普及しました。阪大病院独自のチャレンジとしては、DACS と連携させることで、電子カルテの情報公開のレベルを管理しています。


 日本で普及しているEHR は導入しやすいというメリットがある一方で、根本的な問題があります。患者さんが地域連携の枠組みから外れてしまうと、まったく機能しないことです。このため、その人の生涯の記録を作成することができませんし、旅行先などで倒れて突発的に新たな医療機関を受診した場合も、診療記録を見ることができません。


 そこで注目されているのが、PHR(Personal Health Record)です。個人が自分の医療データをスマホで見ることができるシステムで、先行するオーストラリアでは国主導で導入、運用がなされています。これにより、個人の生涯の健康記録を管理することができ、先述のEHRの問題点を解決することも可能です。


 PHR の必要性は誰もがわかっていますが、センターを誰が管理するのか、あるいは誰が費用を支払うべきかといった大きな課題があるのも事実です。実は阪大病院では、総務省の情報信託活用促進事業、国の戦略的イノベーション創造プログラムの認定を受けて、PHR モデルの実効性を検証するために、PHR を部分的に試行しています。産科の患者さんを対象として実施し、132人に申し込みいただき、利用していただいています。申し込みブースに訪れた患者さんからは、「ぜひやってください」という声が強かったのですが、情報セキュリティに対する不安を懸念する声もあり、そこは大事なポイントです。



臨床研究に必要なデータ蓄積のため
大阪にある19 の病院と接続


 医療をどう評価するかには、電子診療録をどのようにしてデータ解析するかという問題を解決する必要があります。1 つは、各フォームに記載した文書の中のデータをXMLに変換する方法です。もう1 つは、自然言語処理によりフリーテキストデータを構造化する方法です。構造化されたデータを蓄積し、検索できるようにするデータベースも設置しました。


 データをためる仕掛けはつくりましたが、実際に臨床研究をやろうとすると、1 施設ではデータが十分ではなく、やはり多施設でデータを集める必要があります。そのためには、データフォーマットやデータコードを標準化しないといけない。我々はAMED(日本医療研究開発機構)の支援を得て、それにチャレンジしています。大阪にある19の病院の電子カルテシステムと阪大病院データセンターをセキュアなネットワークで接続した大阪臨床ネットワーク(OCR-net)がそれです。


 このシステムを活用することで、電子カルテの記録と症例報告書の作成が同時にできるほか、電子カルテ内のデータを症例報告書に取り込んだり、指定の画像をPACS から検索し、患者さんの名前を消して、被験者番号に置き換えて送信することもできます。すでに26の臨床研究が動いていますが、代表例は循環器科がやっているHFpEF という心不全の研究です。


 最後にまとめると、2000 年代から始まった電子カルテは順調に普及し、2010 年からは診療録が電子化されたことを前提とした次の動きが始まりました。1 つは地域医療連携です。ただ日本型EHR には限界があり、個人を基軸としたPHR の導入が望ましいと考えます。もう1 つはデータの利活用です。電子カルテのデータを活用した評価、研究が期待されており、実際の利活用にあたってはデータを構造化する仕組みが重要です。




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