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「健康・医療情報の活用」~データの分析可能性と個人情報の保護~
JBHC医療総合セミナー2022 in 大阪講演禄

2022.07.28

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社会政策課題研究所 所長

江崎 禎英氏




 2022年6月11日に開催した「JBHC 医療総合セミナー 2022 in 大阪」では、社会政策課題研究所 所長の江崎禎英氏を講師にお招きし、「『健康・医療情報の活用』~データの分析可能性と個人情報の保護~」と題して、健康・医療情報の活用が目指すべきものや、医療情報システムのあるべき姿についてお話しいただきました。当日の内容を要約してご紹介します。



生活習慣病・老化はデータ分析による予防と進行抑制がポイントに


 医療情報、健康情報は、現在世界中でその活用に期待が高まっていますが、実は世界の中で最も質の高い情報が豊富にあるのは日本だと言っても過言ではありません。1億人を超える国民について、生まれてから亡くなるまでの情報がすべて揃っている状態は他に類を見ないですし、個々の情報の質も高いと言われています。ただし、これらの情報はバラバラに収集・管理されているため、十分に活用できていないという問題があります。

 健康・医療情報のニーズは、関係者によってさまざまです。例えば、行政は医療サービスの状況をリアルタイムで知りたいと考えています。病院はデータをうまく使ってサービスの質を高めたい、診療所は在宅医療において患者の状況をモニタリングしたい、研究機関は臨床データの中から科学的事実を発見したい、などです。

 ただ残念なことに、こうした健康・医療情報は十分に活用されているとは言い難い状況にあります。最も大きな要因は、これまで作り上げてきたシステムがお互いに接続できない「レガシーシステム」になってしまっていることです。データ共有のためにプラットフォームをつくってみたものの、"電車"はうまく走らず、結局"ローカル線"で個別のシステムを動かしているに過ぎません。

 異なるシステムで集めた情報は基本的につながりません。繋げるために必要となるデータクレンジングには膨大な時間とコストもかかります。ひと頃ビックデータが持てはやされましたが、結局のところ「『いろいろ分かる』は何も分からない」「『いつか使える』は永久に使えない」のです。中途半端なデータをいくら集めても、有意な分析はできませんし、役に立たない膨大なデータをため込んでいても仕方がないのです。

 では、どうすればいいのでしょうか。健康・医療情報を共有することで何が便利になるのか、原点に立ち返って考えることが大事です。現状では、医師にとって目の前の患者を診断するために過去の様々なデータは必須アイテムではありません。過去のデータを見なくても改めて検査すれば治療はできるからです。「3時間待ち3分診療」では、わざわざ関連データを自分で取りに行くこともしませんし、手間のかかる入力作業もできません。

 一方、患者さんから見れば、いまだに重複検査が横行し、なぜ過去の検査データを共有してくれないのかという声は多く聞かれます。投薬についても、過去の投薬データが共有されていれば、患者さんも医者もずっと楽になります。

 従来の日本の医療は、病院に行って初めてサービスが始まるというのが基本でした。それを変えたのが、今回の新型コロナへの対応です。特にこれから老化や生活習慣病への対応が中心となる中では、病院に行かなければ始まらない医療ではなく、日常生活においてIT、ICT、そしてAIなどが大いに活用されるべきと考えられます。

 戦後、日本人の死因の第1位は結核(外因性疾患)でした。現在の第1位はがん(内因性疾患)ですが、最近では老衰の比率も上昇しています。疾患の性質が大きく変わっている中で、医療機関としてどのようなサービスを提供していくかは重要なテーマです。

 現在の医療制度は感染症をベースにつくられています。病気の原因を特定し、これを取り除くことで病気を治すというアプローチです。したがって、発症前にできることはワクチン接種ぐらいしかなく、基本的には自覚症状が出た後に、症状を緩和して様子を見るという対応から始まります。原因が特定されたところで、薬ないし手術でその原因を取り除きます。

 これに対して、生活習慣病・老化型の医療では、発症前の生活管理による予防と進行抑制が重要なポイントになります。そのために、ITやICTを使って長期継続的にデータを取得しておくことが、医者にとっても、患者さん自身にとっても有効です。

 今後の医療情報システムには何が求められるでしょうか。とにかく快適な利用環境であること。次に、極めて簡単な入力方法を採用していること。そして、データの共通化は必須です。それからもう1つ重要な点は、匿名化を極力避けることです。医療情報を匿名化すると取り違えのリスクが大きくなります。同様の理由で暗号化も避けたいところです。



本当に必要なデータを取得し、比較可能な状態にしておくことが大事


 ここから2つの話をします。1つは、「データの分析可能性について」です。以前、私が経済産業省で手がけたプロジェクトがあります。これは糖尿病について、「予防政策によって医療費は減らない」という医療経済学の常識にチャレンジしたものです。

 ご存じの通り、糖尿病は、人工透析が必要となるまで悪化してしまうとかなり大変で、本人や家族の精神的・身体的な負担に加えて年間約600万円もの医療費がかかります。この人工透析を受けている約12万人を含めて、糖尿病と診断されている人が約1000万人、その手前の予備群が同じく約1000万人いると言われます。

 最近、ある医療関係者のグループが予防プロジェクトを行ったのですが、参加者の大半が健康に関心の高い健常者でした。健康な人のデータばかりを集めても、重症化予防に必要となる有意な答えを導き出すことができません。将来的に医療費がかかるのは重症化予備群や軽症者、治療中の患者さんです。もともと医療費がからない健常者が予防行動を採っても医療費は減らないのは当然です。

 医療機関として予防プロジェクトのターゲットにすべきは「投薬をしていない重症化予備群」です。昔から糖尿病学会では、HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)6.5~7.0までの人は健康管理によって大きく改善すると言われてきました。したがってデータをきちんと取らないと、新しい医療サービスの開発にはつながりません。また、糖尿病は高脂血症や高血圧などの生活習慣病とも関連していますから、それらも視野に入れたうえでシステムを構築する必要があります。 

 プロジェクトを始める時に、医療関係者や研究者からは、当初百数十項目もの項目を、最低でも24項目ぐらいのデータを取ってほしいと言われました。正直なところ、全く無理な相談でした。生活習慣病に関するデータは、日常生活の中で継続的に正確かつ安定的に取れる必要がありますから、最終的に歩数と活動量、体重、血圧、HbA1c など数項目に絞り込みました。

 プロジェクトの内容としては、164万人の母集団からHbA1c6.5~7.0までの人たち662人を選び出し、活動量を図るウェアラブル機器をつけてもらい、日々の歩数や活動量をチェックし、活動量が落ちている場合にメールで注意するといった取り組みを3ヶ月間行いました。結果は驚くべきものでした。
前述の662人を8つのチームに分けて、実証事業を行いました。一番きれいに結果が出たチームでは、HbA1cの値6.99(重症化直前)がわずか3カ月で基準値の6.50を下回りました。投薬治療をしなくても、「誰かがちゃんと見ている」という状態をつくるだけで、ここまでの成果が出るということです。この実証実験は海外でも高い評価を受けました。

 このプロジェクトでは、8つのチームから集められたデータを比較可能にするため、単位や桁数など、事前にデータ項目を徹底的に統一しました。おそらく、世界で最も精緻にデータフォーマットを決めた実証実験だったと思われます。しかし、期待に反して8つのチームのデータを比較検証するのは極めて困難でした。

 実は8つのチームでは結果的に6種類のウェアラブル機器を使ったのですが、機器によって測定誤差が大きく違ったのです。手首につける腕時計型の機器は最も誤差が大きく出ました。手の振り方によって誤差の範囲が広がり、女性がバックを持った状態でゆっくり歩くと歩数がカウントされませんでした。腰につけるタイプも同様です。最も正確だったのはスマートフォンでした。前ポケットに入れると、運動や振動がきちんと計測できました。

 しかし、最も重大な問題は、機器によってデータを送信するタイミングが異なることです。Aの製品は1秒ごとにデータを送信し、Bの製品は5分に1回、Cの製品は最初の30分を除いて15分に1回といった具合で、これらがすべてクラウドに自動的に蓄積されるのです。実際のところ、自動的にクラウドに入ってしまった形式の異なるデータを引っ張り出して比較検討するのは絶望的な作業になります。したがって、「とりあえずストレージに余裕があるから、どんどん入れておこう」というスタンスでデータを蓄積していくと、情報の分析には膨大な時間とコストを要することになります。

 「データの分析可能性」のポイントは2つあります。1つは継続的安定的に正確なデータが取れているかということ。もう1つは、そのデータがちゃんと比較できる状態になっているかということです。システム構築に当たっては、是非これらを考慮していただきたいと思います。



改正個人情報保護法により「仮名加工情報」の取り扱いが可能に


 2つ目の話は、「個人情報の保護について」です。医療情報は医療の発展のために貴重な情報ですが、その一方で他人に知られたくない情報でもあり、その両立をいかに図るかは大きな問題です。個人情報のリスクを減らすために、匿名化したり、暗号化したら良いのではないかという人も多いと思いますが、それではデータ分析しても一般傾向しか分かりませんし、患者の取り違えリスクも発生します。特に医療・健康分野では、個人情報の取り扱いは避けて通れないテーマであるにもかかわらず、個人情報保護法についてはあまりに誤解が多いという問題があります。

 個人情報保護法が作られた背景には、インターネットをはじめとする情報通信技術の発達があります。これによって、いったん流出した個人情報は回収することができず、一方で、情報の検索、収集、結合が容易になったことで、プライバシー侵害のリスクも高まりました。

 プライバシーの侵害そのものは刑法で対応することが可能です。その上に個人情報保護法という新たな法律を作った目的は、インターネット時代において本人が知らないところで個人情報が使われることで、本人に不利益や被害が生じることを予防することです。言い換えれば、プライバシーが侵害される不安とリスクの軽減です。他方で、実際に被害が生じていない段階での対応ですから、最低限の規制しか適用されません。リスクを高めることとなる第三者への提供や目的外の利用は制限されますが、何に使うのかを明らかにして、不用意に人に渡さなければ、どのような個人情報をどのような目的で使用しても構わないというのが、この法律の本質なのです。

 経緯を少し振り返ると、2003年に個人情報保護法ができた時は、あくまでも情報化時代における個人情報の円滑な利用のためのルールという位置づけでした。ところが、企業などからの個人情報の漏洩が相次いだことから、2015年の改正で、医療情報や健康情報の取得には必ず本人の同意を取らなければならないとの規定が設けられました。

 このルールが余りに現場に負担を負わせすぎるとの理由で作られたのが、2018年の次世代医療基盤整備法です。この法律によって、医療機関から特定の認定事業者に情報を提供するときは、本人同意は不要になったのですが、認定事業者がなかなか出てきませんでした。

 次に行われたのが2020年の改正です(2022年4月施行)。この法律によって、「仮名加工情報」という制度が導入されたことで、本人の名前を消せば、病院にたまっている情報を本人の同意が無くても他の目的で使うことが可能になりました。

 何より仮名加工情報は、漏えいした時に報告する義務がありませんし、開示・利用停止の請求にも応じなくて良いので、今後の個人情報を活用する上での大きなポイントの1つになるかと思います。



健康・医療データと介護データを連携し、人生100年時代に備える


 最後にお伝えしたいのは、今後、システムを構築する際には、医療情報のレイヤーに注意していただきたいということです。ひと口に医療情報と言っても3層ぐらいあって、第1層が個人の健康管理に活用するデータ、第2層が診療で活用するデータ、第3層が研究者や製薬会社が活用するデータです。医療情報と言えば第3層に関する議論が多いのですが、今後必要になってくるのは第2層や第1層のデータで、それぞれに特徴があり、データ収集・蓄積にかかるコストも異なりますので、その辺りを考慮したうえでシステムを設計することが大事です。

 生涯を通じた健康・医療・介護情報システムの構築には、第1層から第3層までのデータを効果的に統合することが重要です。しかし今後は、個人が日常的に取得できるデータに対して健診データを用いてチェックし、医療機関のデータを効果的に接続していくことが、生活習慣病・老化型の医療には必要ですし、システムとしても安定すると考えられます。

 繰り返しになりますが、日本には医療データ自体は大量にあります。感染症を始めがんを含む生活習慣病の治療情報は、おそらく日本が世界トップクラスであると思われます。医療データに加えて、今後は健康データや介護データも容易に取れるようになります。これらのデータをどう活用するのか。人生100年時代が始まっています。医療から介護まで、医療機関として継続したサービスを提供し、介護とどのように連携していくかは、これからの世界が取り組まなければならないテーマです。質の高いデータを大量に保有する日本がこの問題に答を見つけ出していくことは、日本の未来を切り開くと同時に、最大の国際貢献にもなるのです。







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