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「精神疾患レジストリの構築・統合」の進捗と今後の課題
JBHC医療総合セミナー2021 Day3講演禄

2021.10.14

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●演者プロフィール●

中込 和幸(中込・かずゆき)

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター理事長




「JBHC医療総合セミナー2021」のDay3(2021年6月30日)では、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)理事長の中込和幸氏をお招きして、同センターが中心となって取り組む精神疾患レジストリの構築と統合、その進捗と今後の課題についてお話しいただきました。



個別化医療の実現を目指して大規模な患者レジストリを構築


 そもそも患者レジストリとは、患者さんがどういう疾患で、どのような状態で存在しているのかを集めたデータバンクです。精神疾患患者レジストリの研究に取り組む背景には、精神科診断の妥当性の低さがあります。同じ診断の中に生物学的に異種性を持つ個人が非常に多く含まれていることや、診断を超えた併存例が非常に多く、境界が不鮮明といったことが指摘されています。そのため、1つの診断に基づく病態解明が困難なものとなり、医薬品の開発も失敗に終ることが多くあります。


 こうした状況に対して、米国ではRDoC(Research Domain Criteria)という新しいコンセプトを取り入れて、診断カテゴリーを超えて、機能ドメイン(いわゆる症候)を中心に据えた病態解明へと舵を切っています。ただし、RDoCの1つの問題点として、取り組みが横断的検討にとどまることが挙げられます。そこで、私たちは縦断的な検討が必要だと考え、診断カテゴリーを超えた、つまり精神疾患全般の大規模なレジストリで、疾患コホート研究を立ち上げたいと考えました。


 私たちの精神疾患レジストリには、2つのコンセプトがあります。1つは、診断カテゴリーを超えた大規模レジストリであること。もう1つは、主要アウトカムには主観的な満足感を重視し、それを縦断的にフォローアップする疾患コホート研究であることです。


 研究目的は、最終的には精神疾患の病態に基づく個別化医療の実現です。そして、実はもう1つ、精神医療の標準化の促進も考えています。このレジストリは、必ずしもバイオリソースや生体情報の取れない患者さんにも幅広く参加していただくことを目指しています。生体情報がなくても、患者さんがどういう治療を受けて、どういう生活を送って、長期的にどのようなコースをたどるのかが判明すれば、精神医療として長期的な予後の改善に資する治療や処遇も見えてくるからです。そのためには、幅広い診断カテゴリーにわたる大規模な患者レジストリの構築が必要です。


 バイオリソースが取れない患者さんの参加については、精神科病院の先生方にもご協力をいただこうと考えています。カルテに記載している人口統計学的な情報や診断、病歴、治療歴などの基本情報(第1層)を登録の際に提供していただきます。治験等に参加している病院は症状評価にも慣れているので、カルテ情報に加えて、精神症状や認知機能の評価、社会機能の評価、QOLの評価などの臨床情報(第2層)も提供していただきます。


 また、大学等のアカデミアでは、カルテ情報や臨床情報のほかに様々なバイオリソース(第3層)を取っていることが多いので、そうした医療研究機関に関しては、第1層から第3層までの情報を提供していただこうと考えています


 基本情報と臨床情報に関しては、インターネット等のネットワーク、通信環境を用いて、NCNPのデータセンターにセキュアにアップロードしていただき、そこで保守管理を行います。バイオリソースに関しては、各研究機関で管理をしていただくとともに、NCNPでは、バイオリソースと臨床情報を紐づけたカタログ情報を管理します。



データの収集よりも利活用が重要、オールジャパン体制で研究を推進


 レジストリは、ただデータを集めるだけではなくて、利活用していただくことが非常に重要になります。様々な研究者がこの大規模レジストリを用いた研究を行いたいという場合には、NCNPが必要な情報を揃えて、また、第3層情報を持っている研究機関にもお声がけをして、研究者と研究機関とのマッチング等も行っていく方針です。


 なお、このレジストリ研究は、NCNPが基盤部分を担当していますが、実際の運用に当たっては、精神神経学会と強く連携し、また様々な項目の選択や運営に関しては、当事者ないし家族等のご協力を得て、さらに項目立てについては企業の方々からのご意見をいただいて、まさに"オールジャパン体制"で構築を進めていこうと考えています。


 データの利活用をスムーズに行うために、今年度中に精神疾患レジストリ推進協議会を発足し、レジストリをサポートしていただける患者さん、製薬関連企業、研究者などに加わってもらいデータ提供を行っていただくと同時に、その方々にデータを利活用して研究を進めていただこうと考えています。


 この推進協議会の中には、様々な運営方針について決定する運営委員会を置きます。また、情報提供審査委員会を設置し、レジストリのデータを用いた研究をしたいという申請があったときに、倫理的にも、COI(利益相反)的にも問題はないかというようなことを審査します。なお、各種問い合わせ窓口や事務局業務はNCNPが担当します。


 データ利活用の申請の流れはこうです。研究をしたいという依頼者は、まず申請をしていただき、事務局を通じて運営委員会が内容を確認します。次に、運営委員会から情報提供審査委員会に審査依頼を行い、情報提供審査委員会で審査した結果が報告されます。事務局はそれを研究者に伝えて、承認されれば、必要なデータを集めて提供します。また、研究者はレジストリ研究の進捗状況について、年に1回報告することが求められます。


 現在の進捗状況ですが、2020年の段階で研究参加について倫理委員会で承認が得られている施設としては、NCNPをはじめ、名古屋大学、秋田大学など8施設があり、パイロット的にリクルートを開始しました。2021年度からは大学だけでなく、単科の精神科病院にもお声がけをする予定です。なお、2021年5月末時点で370名の同意を得て、データ登録を進めています。



治療効果、転帰予測、新たな層別化に関する6つの分担研究が新たにスタート


 2021年度から新たな研究課題として、「精神疾患レジストリの利活用による治療効果、転帰予測、新たな層別化に関する研究」を立ち上げました。これまでは構築が中心でしたが、今後は利活用も踏まえた研究を進めていきます。


 現在、6つの分担研究を予定しています。第1層情報については、「精神科病院における精神疾患患者の身体合併症リスク管理の実態把握」の研究を行います。日本精神科病院協会と連携して、統合失調症患者の基本情報を縦断的に蓄積していき、高血圧や糖尿病、メタボリック症候群の実体について検証していくものです。


 第2層情報は、「ウエアラブルデバイス由来情報の縦断解析に基づく睡眠関連症状の層別化と精神疾患の臨床転帰の予測」です。ウエアラブルデバイスを活用して睡眠時の生体情報を取得し、その妥当性や有用性を検証します。


 第3層情報に関しては2つあり、1つは「血液由来試料の解析と縦断データに基づく、精神疾患の治療効果及び予後に関する層別化」。血液由来試料の中から様々な解析を行い、発症関連遺伝子変異をもつ患者の血漿内分子を解析し、や予後に関連するバイオマーカーを探していく研究です。


 もう1つの第3層情報は、「脳神経画像の解析と縦断データに基づく、精神疾患の治療及び予後に関する層別化」です。こちらは脳神経画像を解析して、治療効果、縦断的なアウトカム指標(労働時間、満足度、孤独度、QOL等)に関連するバイオマーカーはないかを調べます。


 5つ目の研究は、治療介入による長期的効果ということで、「反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)臨床データベースの解析と縦断データに基づくうつ病の治療効果と予後に関する層別化」です。うつ病患者のうち、薬物療法や心理療法を受けている群とrTMS療法を受けている群をレジストリに登録することでコホートとして追いかけ、長期的な効果を見ていきます。


 6つ目の研究は、統計解析手法で、「精神疾患領域のレジストリデータ利活用における新規解析手法の検討」です。レジストリデータにありがちなデータの欠測をどの程度信頼性のある形で補うことができるのか。また、クリニック、調剤薬局等の一般診療の情報が不足しているので、それをどういうふうにつなげて利用していくかといった、統計解析法に関する手法を開発していきます。


 2011年に「Democratizing clinical research(民主的な臨床研究)」が公表されました。これは、統合失調症研究の優先事項(トップテン)について、医師や介護者、当事者、企業、NPOなど、多くの方々が参加してまとめたものです。


 ナンバーワンは、やはり「治療抵抗性の患者さんの最適な治療方法は何か」です。ほかにも、「再発徴候を見極めるためのトレーニング法」や「重度精神障害を持つ患者さんにとって強制的な外来治療は必要か」「抗精神病薬による性機能障害への対処法」「就労支援はQOL、自尊心、長期的な雇用、病気の転帰にどのような利点を持っているのか?」といった項目が挙げられました。


 こうした民主的な意見も取り入れながら、研究テーマを選定し、レジストリの活用を促していきたいと願っています。




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