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医療機関におけるICTネットワークの現状と課題②

2021.03.26

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●著者プロフィール●

金城 悠貴(きんじょう・ゆうき)
社会福祉法人恩賜財団済生会支部神奈川県済生会横浜東部病院 事務部医事企画室 室長

大学卒業後、医用画像システムベンダーでSEとして勤務。
以後、横須賀市立うわまち病院、プライアルメディカルシステム株式会社を経て、2016年より現病院で勤務。
医療情報技師。医療経営士2級



前回のコラムでは、医療機関全体でDXを推進するために必要なガバナンス構築と費用のあり方について考察してきましたが、今回は、済生会横浜市東部病院が所在する横浜市における具体的な取り組みについて紹介したいと思います。


 

「サルビアねっと」とは


当院は横浜市東部に所在する高度急性期を担う中核病院です。「地域支援病院」にも指定されており、周辺の医療機関との連携にも当然ながら積極的に取り組んでいます。この地域では「サルビアねっと」という地域ICTネットワークシステムを構築し、病院・クリニック・薬局・介護施設間で患者・利用者さんの情報を共有しています。

2019年3月に鶴見区限定で運用を開始し、翌年には隣接する神奈川区まで拡大、契約施設数105、登録者数8338人(いずれも2021/2/22現在)と広がりをみせています。
SS-MIX(厚生労働省電子的診療情報交換推進事業)規格をベースに構築しており、「病歴」「アレルギー」「医療機関の受診歴」「処方・注射歴」「検査結果」「画像、レポート類」「退院サマリ」等の情報を共有できます。近いうちに「内視鏡レポート」や「看護サマリ」「骨密度レポート」を追加する予定で、共有範囲についても順次拡大している段階です。
運営は、一般社団法人サルビアねっと協議会を設立して行っています。


他の地域ICTネットワークに比べて特徴的なのは、まず、「都市型」であることが挙げられます。横浜市を含む首都圏は、働き手は減少していく一方で、今後数十年に渡って医療需要が増え続けるという珍しい地域です。さらに、横浜市は自治体別にみた人口当たりの病床数が全国で5番目に少ない自治体で、特に中核病院の病床は常に空きがない状況です。医療の需給バランスがさらに急激に変化することが予想されているため、効率的な医療提供体制、つまり地域医療における円滑な連携体制を、まだまだ洗練させていく必要があります。そんな中、「この地域ICTネットワークシステムをどう活かすか」は非常に重要なポイントです。


地域のなかで患者が適切な医療を円滑に受けられるようにしていくために、施設間で電子カルテサーバーを参照して診療情報提供を効率化するというよりは、一切の医療・健康情報を地域全体で一元化することを重視しています。本来、Electronic Health Record(EHR)は患者の生涯にわたる健康情報を一元で管理するものですから、そのビジョンに近い形で構築が進んでいるのがサルビアねっとの特徴の一つです。なお、総務省の「地域IoT実装推進事業」の支援も受けています。



現状


運用開始から約2年、市内の数カ所で運用がスタートし、それぞれがアメーバのように少しずつ領域を広げ、結合しながら大きな仕組みのもとで一元管理する――というステップの1歩目を踏み出しました。将来的には、ほかのICTネットワークとの相互連携も期待しています。



円滑に進めるためのポイント


患者さん情報は、本人からオプトインでお申し込みをいただかない限りは、サルビアねっとには登録されない仕組みになっています。また、患者さん本人の選択によって、情報を共有する参加登録施設を限定できるようになっています。一人ひとり患者さんの同意を得ながら進めているため、規模の拡大に向けた視点からは効率が悪いですが、今は黎明期ですので、慎重に進めていくのがポイントです。

また、「ICTを活用した地域医療連携ネットワークの地域における構築」を目的として、策定されたガイドラインに基づき、横浜市の事業として市と一体になって構築を進めてきたことや、以前から医師会や歯科医師会、薬剤師会と良好な関係を築いてきたことも地域連携ネットワークを円滑に構築できた要因であると考えています。



課題


サルビアねっとの運営費用は、参加医療機関からの参加費をベースにしていますが、まだ参加医療機関が多くないため、資金に余裕がありません。現時点では、先述した総務省地域IoT事業からの支援や自治体からの補助金等を繰り入れて運営しています。これらの補助金が活用できる内に、参加施設を増やしていけるかは大きな課題です。厚労省の基金を活用して立ち上げているため、会計検査院から「システムの活用が無いまたは低調である」といった指摘も受けています。

しかし、現時点では、参加施設にとっては経済的なメリットがありません。参加施設は、施設基準の届出をすれば診療情報提供料の加算(30点)を算定することはできますが、サルビアねっとの参加費を上回るものではありません。今後この加算が拡充されることを期待しています。

全国にも様々な地域医療連携ネットワーク(EHR)が存在しますが、運用コストについてはどの地域ICTネットワークにおいても共通の課題であると言えそうです。



ビジョン


少し古いですが、2007年に厚労省が出した「医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン」において、各ステークホルダーのニーズについて下記の記載がありました。


【国民のニーズ】

ITを活用して、自身の健診情報・診療情報を日常の健康管理に活かしたり、医療機関・介護事業者等に提供し、安心して質の高いサービスを効率的に受けるというニーズ。


【医療機関・介護事業者のニーズ】

費用対効果の高いITの導入により、質の高いサービスを効率的に提供するというニーズ。


サルビアねっとはまさにこれを実現するインフラとなります。
このほか、地域ICTネットワークの好例である、ニューヨークのHealthixもサルビアねっとが目指す形です。
Healthixは2000万人以上の患者情報と8000以上の医療施設からなる超巨大な地域ICTネットワークです。これまでに述べた医療情報を一元化するメリットに加え、個々の医療をベストプラクティスと比較することができたり、特に今回のパンデミックにおいて、新型コロナ感染症の結果を自治体等とのリアルタイムでの共有が実現されています。



今後の展望


将来は日本においても、全国でHealthixのようなEHRシステムが運用されるでしょう。

その実現に向けて、全国に数百ある地域ICTネットワークがそれぞれ拡大・統合しながら大きくなっていく段階が今であると考えられます。
統合する際には規格をどう合わせるか、費用分担の考え方をどう合わせるか、規模に比例して大きくなるセキュリティリスクにどう対応するか等、それぞれに調整を繰り返す必要があります。規模が一定以上大きくなれば、参加の門戸が広がり、拡大が加速すると思います。その間に、マイナンバーを活用した患者IDも普及するかもしれません。
また、地域医療構想のように、国から都道府県に権限を移譲するのが最近のトレンドではありますが、都道府県をまたぐICTネットワークの統合には、国の関与も必要になってくると思います。


ICTネットワークは、ステークホルダーが非常に多いことが事業推進を困難にさせる一因だと考えられます。だからこそ、将来のビジョンと、それに至るシナリオを意識しながら構築していくことが重要なのではないでしょうか。




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