「未来の病院をデザインする」
~地域包括ケアシステムのためのICT構築とAI利用の可能性を探る~
社会医療法人財団董仙会(とうせんかい)
恵寿総合病院 理事長
神野 正博 氏
2019年5月11日、大阪で開催されたJBHC医療総合セミナー2019では、医療の現場で急速に注目度が高まっているICTとAIの活用について、二人の講師にご講演いただきました。最初にご登壇いただいたのは、社会医療法人財団董仙会(とうせんかい)恵寿総合病院理事長の神野正博氏。医療ITを積極的に取り入れ、活用されている同病院の最新の取り組みと活用のヒントについてお話しいただきました。続いて、医療情報学分野から東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻教授の大江和彦氏をお迎えし、医療機関の画像診断・診療支援におけるAI活用の可能性についてお話しいただきました。(記事はこちら)講演の内容を要約してご紹介します。
統合されたヘルスケアサービスで
国際病院連盟大賞を受賞
恵寿総合病院は石川県七尾市にあります。地方の医療機関にとって、医師不足、看護師不足はもちろんですが、患者不足も深刻な問題で、生き残りを考えるうえでは、自分たちの組織を強くすることが必須です。また、高齢社会のなかでお客様である患者さんの面倒をずっとみていくような仕組みを持つことが強みになると考え、ICT構築をはじめ、さまざまな取り組みを進めてきました。その成果もあって、昨年10月にオーストラリアのブリスベンで開催された国際病院学会で国際病院連盟大賞2018特別賞をいただきました。日本の病院としては2例目。受賞理由は、統合されたヘルスケアサービスでした。
ご存じの通り、少子高齢"多死"社会が到来しています。2025年には団塊の世代が75歳を迎えますが、その後も高齢者は増えていきます。65歳以上人口のピークは2042年。一方、2042年を過ぎても子どもが減っているので、高齢化率(65歳以上の割合)は上がり続けていきます。ピークを迎えるのは2083年で41.3%です。現在も高齢化率が高い地域はありますが、2083年と大きく異なるのは、若者がいて、国も予算があるので、行政サービスが十分に提供されていることです。2083年になると、若者はいないし、人口が減ってGDPも大きく縮小するでしょう。医療提供体制はそうとう厳しいものになることが予想されます。
もう一つ注目すべきは、高齢者人口増加の偏在です。2010年から2025年にかけて高齢者人口が増えるのは、東京、大阪、神奈川、埼玉、愛知といった都市部です。それに対して、鳥取、島根、福井、我々の石川などではそんなに増えません。そうすると、前者と後者で同じサービスを提供しても仕方がないということになります。都市部では、人口密集地に高齢者が山のように増えますから、効率的なサービスが提供できそうです。後者の地方部は、広い土地にポツンポツンとしか高齢者がいませんから、そうとう知恵を絞らないといけません。
生産性向上にはICT活用による効率化と
業務の移譲、分かち合いが不可欠
人口減と少子高齢社会に加えて、我が国の課題として、社会保障財源の問題、価値観の変化などがあります。ICTを積極的に活用して、互助(ボランティア)・共助(保険制度)・公助(税金)、そして自助のあり方を見直していく必要があるでしょう。加えて、病院の課題としては、医師の働き方、生産性向上、ICT、AI、ロボットなど先端技術の活用があり、今年度は人材不足や消費増税が注目を集めることになりそうです。
2018年4月の診療報酬改定で新たな入院医療の評価体系が導入されました。基本部分と実績部分という考え方が取り入れられ、基本部分はミニマム・リクワイアメントとしてのストラクチャー評価へ、実績部分はアウトカム評価へ変わりました。これは実は、働き方改革と生産性向上にも関連する話です。
生産性向上とは何か? 簡単に言うと、労働時間×労働生産性です。これがいま、働き方改革で時短になると、いままでと同じ仕事のやり方をしていたのでは、病院の業績は下がってしまいます。労働時間を減らすなら、労働生産性を上げないと、業績は維持できません。では、どうやって生産性を上げるのかです。
解決策の1つは、効率化です。最少の医療資源で最高の結果を出す「クリニカル・パス」に本気で取り組むことや、ICT、AI、ロボットを活用することが挙げられます。もう1つは、コアミッションの確立とタスク・シフティング、タスク・シェアリングです。本来業務を再定義するとともに、それ以外の業務を移譲したり、分かち合ったりするのです。
他の医療機関や薬局、行政などと連携し
"恵寿式"地域包括ヘルスケアサービスを提供
いま「生活の場」というのは、住まいが中心です。そして、医療が必要になれば、外来医療や在宅医療を受けて、重症になれば、「入院医療」を受けます。一方、介護が必要になれば、通所介護や在宅介護を受けますが、要介護度が大きくなると、「入所介護」を受けます。人々は「ライフ=人生」のなかで、「生活の場」を起点に、「入院医療」や「入所介護」を行ったり来たりするわけですが、制度上、だんだん「生活の場」が広くなって、「入院医療」や「入所介護」が細っていくというのが、これからの流れです。
今後は「生活の場」において、生活支援や介護予防が必要となり、ここに生活関連企業が参加して、我々医療機関や介護保険機関などとコラボレーションしていくことが重要になります。そういった意味で、生活の場のまわりにある入院医療、入所介護、生活支援、介護予防について、お隣さんをつくったらどうだろうという「メディカル・ネイバーフッド」という考え方がいま、欧米で流行っています。我々も"恵寿式"地域包括ヘルスケアサービスを提供すべく、他の医療機関や薬局、行政、コミュニティ、消防・救急などと連携し、メディカル・ネイバーフッドを形成しようとしています。
地域包括ケアシステムをつくる際には専門家が必要ですが、それ以上に重要なのが、専門家と専門家の間をつなぐゼネラリストです。医者でいうと、家庭医、総合診療医、かかりつけ医。看護師についても、認定看護師や専門看護師だけではなく、入退院支援を行う看護師などです。専門家間だけでなく、施設間、制度間をつなぐような人材の育成は急務と言えます。そしてもう1つ、つなぐシステムとしてICTが不可欠です。
恵寿総合病院では、「つなぐ」をキーワードにさまざまな取り組みを行ってきました。1997年にオーダリングシステムを導入し、翌年から施設間のオンライン化を強力に進めてきました。「先端医療から福祉まで『生きる』を応援します。」をミッションとして、急性期医療から介護・福祉まで、さまざまなサービスを提供しており、その土台を支えるのが、情報とサポートです。情報については、電子カルテを含めた情報システム、仮想化環境の整備に注力しています。
「けいじゅヘルスケアシス」には、院内のデータセンターの下に約900台のPC端末がぶら下がっています。これらはすべて仮想化システム、クラウドシステムでつながっているので、PC端末に記憶装置はいりません。職員はどのPCからでも、自分のID番号とパスワードを入力すれば、必要とする情報を見に行けるわけです。もう1つ、つながる機能としては、「いしかわ診療情報共有ネットワーク」を介して、421の病院・医院にもつながっています。
電子カルテは、施設間・制度間を統合する「Electronic Health Record(EHR)」として、患者さんにもデータを渡しています。1患者1IDを付与し、病院での診療記録だけでなく、デイケアやリハビリなど、グループ内施設の利用情報を、1つの時間軸で統合しています。医師や看護師はボタン1つで病院記録だけを閲覧することができますし、介護・福祉の記録を見て、適切なアドバイスを下すことも可能です。多施設、多制度にわたる患者情報、患者サービスは、コールセンターが一元管理しています。
ワンファクトとしての医療介護統合電子カルテがあり、患者さんはワンコールでつながる。その間にヒューマンインターフェースを入れる"恵寿式"地域包括ヘルスケアサービスは、「第1回 日本サービス大賞 総務大臣賞」も受賞しました。
カギを握るのはヘルスケア情報の共有
PHRが地域包括ケアのベースとなる
地域包括ケアの実現に向けて、カギを握るのはヘルスケア情報の共有です。単なる医療情報共有システムではなく、医療、介護、福祉に関する情報を包括することによって、よりきめ細かな医療・介護サービスが実現すると私は考えています。そのベースとなるのがPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)です。2011年に内閣官房が提唱した「どこでもMY病院」構想では、患者さんに1冊のノートを持ってもらい、病院・診療所や薬局に行った際の記録をすべてそこに貼り付けます。ノートはUBSメモリーかもしれないし、クラウド上にデータとして保存してもいいでしょう。PHRの情報管理の責任はあくまでも患者さんにあり、信頼できると思ったら、他の病院や薬局で見せてもいいというものです。
このPHRのシステムづくりに、自前で取り組んだのが「カルテコ」です。病名、手術・処置、検査データ、処方内容、画像データをすべてスマホやPCで見られるようにしたほか、個人が取得した血圧、体重、万歩計などの記録や健診データもここに入力することができます。我々が病院としてカバーできないところを、患者さんが持つPHRのデータを共有することで、メディカル・ネイバーフッドの完成に一歩近づくと考えています。
「未来の病院をデザインする」というテーマでお話しました。ポイントは3つあります。1つは、病院医療の守備範囲を再構築し、新しい病院をつくること。2つ目は、医師と患者の関係を再構築し、病院が患者情報を患者さんの元へ戻すこと。そして、3つ目が、最新技術の導入と民間企業との協働の促進です。病院の資本力で新たな技術を開発することは不可能ですから、ヘルスケアビジネスへの参入を希望する企業と連携し、成果を分かち合う、ウィン・ウィンの関係を築くことが必要です。
間もなく、5G(第5世代移動通信システム)の時代がやって来ます。高速・大容量多接続、低遅延の通信システムによって、医療分野では遠隔診療、遠隔手術の実用化が期待されています。我々もAI問診システムや遠隔診療システムの導入に積極的に取り組んでいく予定です。病院の品質を考えさまざまな取り組みを進めてきましたが、今後は地域の品質も視野に入れていく必要がある、そう考えています。